とにかく、美しい。 目を奪われるとはこういうことだと思う。今日はこれだけ
2015年6月30日火曜日
異国の地に着いてみて
とにかく、美しい。 目を奪われるとはこういうことだと思う。今日はこれだけ
2015年6月14日日曜日
それはまるで子供のように
ボクは昔から、初対面の多くの人から「落ち着いていますね」、と言われることが多い。見た目年齢に実年齢が追い付いていないという悲しい現実な訳だが、ポジティブにとらえることにしている。
そんな感じなので、とてもテンションが高い人を目の前にするとどうしても落ち着かず、その場から逃げたくなる。とっても疲れてしまうから。10人以上いる場はソワソワするし、どちらかと言うと二人でご飯を食べる方が楽しい。限度はピザ1枚を共有できる人数くらいだ。
この間、友人に誘われた飲み会は、その友人以外の3人はみなさん初めまして。元気がいい。だけど、感じの悪さはない。居心地も悪くない。
その中の一人は何だか、ひまわりのような人だった。元気でふざける。初めましてで、こういう感じの人はたいてい苦手だ。いつもは自分にもそのとばっちりが来ませんようにと心の中で祈っている自分がいる。
けれども、その人にはなぜだか不思議な心地よさを覚えた。まるで、小学生のような底抜けの明るさと、そして笑顔。こういう人の周りには好い人が集うのだろうなあ。そんな気がした。残りの人もたぶん今後も付き合っていけるだろう、そんな予感。
だからかは分からない。その人を見ていて小学生のとき、ちょっかいを出しあって廊下で追いかけっこをしてバカ笑いした光景が浮かんだ。あんな感覚をくれた人は、今まででいなかったなあ。
2015年6月10日水曜日
感覚を身につける時期
去年の夏、宮城は古川へ勉強会へ参加していた。とにかく田園風景が広がり収穫前の稲穂が黄金色に輝く風景は鮮明に残っている。
やっぱり都内で普段過ごしていると気持ちは落ち着かないし、緑の広がる明治神宮や新宿御苑まで行くのでどっと疲れる。カフェも人の出入りが激しい。こんな日々を過ごしていたので、田舎の河川敷でぼんやり考えることはできない。いつの間にか漫画のキャラクター達の年齢を超えてしまったけれど、河川敷で夢を語ることも、恋人と花火を楽しむこともなかったなあ。
最近、九州などの地方(って言ったら怒られるのかしら)出身の同世代の人たちと杯を交わす機会が多かった。もちろん人によるけれど、大学くらいまで少し田舎で過ごした方って男女かかわらずなんか距離が近くなるような気がしている。悪い言葉で言うと信頼しやすい、良い言葉で言うとフレンドリー。少しこの感じはあまり都内でずっと育った人には感じない。
そんな距離の近さを感じさせつつ、でもどこか話はオープンじゃない節がある。この態度と話す内容のギャップがとても不思議。地方で育って都内の大学に通っている人には見受けられない。20歳前後のときの環境の影響は偉大だなあと思う。話は変わるけど、大学院だけ海外の人と、大学を海外で過ごした人ではやっぱり文化の影響のコントラストは大きく感じられる。
時は今週月曜日。インターン先の社員さんにお食事をご馳走になる。新卒で入った会社の、業界の色と今の色とは違うので刺激になるしチャレンジなんだそうだ。そう考えると、地方出身者と接したときの雰囲気はまたこれからどんどん変わるのかしらん。
文化の違うところに飛び込むこと、世界の広さを知ることは人生の糧になるとおっしゃっていた。しかも若い時に。東京で生まれ育ってしまった僕は周りの人に比べて知らない文化が多い。こうやって違う出身や文化の人と話すほどに自分の小ささが身にしみる。
今日は疲れたので筆を置いたら少し早めに眠ろうと思う。今日はしかし暑かったー。
2015年6月7日日曜日
振り返っても
最近、進路の行方がなかなか決まらなかった友人に会った。無事に、しかも素晴らしい新天地を得た姿は本当に眩しいし友人として誇らしい。
純粋にスゴいなと思う。あんなに悩んでいたのがウソみたいに。気を使って結果を聞けず心配していたのでホッとした。しかも比較的近くにお互いいるので大変な時は励まし合いたい。
その友人とランチ。頼んだお皿が目の前に運ばれてきたとき、久しく聞いていなかった名前を友人の口から聞いた。
そこからあれこれ言われたり聞かれたりしたけれど、正直に人に落ち着いて会えるようになったのも5月に入ってからだったし、それからもインターンなどで流れが早く、落ち着いてその人との関係性を考える時間はなかった。
でも、自身をコントロールできなかった当時を振り返れば仕方ないと思う半面、当時の関係性をクリアに分析できている自分がいた。クライシスとまで言えるほどにズタボロだったボクの精神状態。精神状態が落ち着いた2月いっぱいまではとにかくキツかった。
でも、それを抜きにしても、自身のコアの価値観は今でも変わっていない。それを今すぐ変えられるとも思わない。そこには善悪はないし、間違ってもいないと思う。「それはそれ」なんだと思う。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、それを抜きにしても、自身のコアの価値観は今でも変わっていない。それを今すぐ変えられるとも思わない。そこには善悪はないし、間違ってもいないと思う。「それはそれ」なんだと思う。それ以上でもそれ以下でもない。
やっぱり人との関係は難しい。こういう少し拗れてしまった関係は、時間が解決してくれるのか、そもそも自身がしたいと思っているのかも今は良くわからない。整理はできているようでまだできていないのかもしれない。でも、こういうことは考えすぎてもしょうがないし、「なるようになる」しかないのだろうなあ。
でも、最近昔の友人に会うと、「彼女、彼はどうしているのか」 という話題になる。せっかくfacebookをはじめとしたSNSがあるのにそこに出てくる情報は一握りで、ちゃんと対面で会わないとダメだな、そう思った。好き嫌いより興味ないのが一番悲しい関係性だから
2015年6月1日月曜日
家族ぐるみでのおつきあい
おおよそ、3年前。当時、サッカーのコーチをしているときの教え子に会った。
当時、チームの圧倒的エースで将来どこまで伸びるのか本当に楽しみで、全国大会に行くようなチームでも遜色ないくらいの実力だった。
だけど、気が弱く自分で打てるのにシュートをせずにパスを選んだり、一対一でも3人くらいは抜けるのに勝負しなかったのが、本当にもったいなかった。
だから、彼にはとにかく口酸っぱく「自分でシュートまでもっていくのが、一番ゴールの確率が高いと思うなら絶対に勝負しろ。それでのミスなら何も言わないよ」と。
当時、チームの圧倒的エースで将来どこまで伸びるのか本当に楽しみで、全国大会に行くようなチームでも遜色ないくらいの実力だった。
だけど、気が弱く自分で打てるのにシュートをせずにパスを選んだり、一対一でも3人くらいは抜けるのに勝負しなかったのが、本当にもったいなかった。
だから、彼にはとにかく口酸っぱく「自分でシュートまでもっていくのが、一番ゴールの確率が高いと思うなら絶対に勝負しろ。それでのミスなら何も言わないよ」と。
調子が良くないときはどんどんパスに逃げる。その度に声をかけ続けた。
あれほどの実力があるのだから早くミスをして自分の課題を見つけるしか上手くならないし、チームのエースとしての自覚をもって欲しかったからだ。 それに加えて、うまい奴は例外なく自己主張が強い。そういう人だけが上がっていける世界だと思う。
あれほどの実力があるのだから早くミスをして自分の課題を見つけるしか上手くならないし、チームのエースとしての自覚をもって欲しかったからだ。 それに加えて、うまい奴は例外なく自己主張が強い。そういう人だけが上がっていける世界だと思う。
当時、彼のご両親は僕が言い続けたことが、「今までのコーチは誰も言ってくれなかった」と言って、とても感謝をしてくれていた。だから、引っ越した後も進路のことを含めて電話をかけてきてくれた。
それで今回、僕が大学を卒業したからということでご両親からお招きをいただいて、彼の新しい家で向かった。駅へ着くとお父さんが車で出迎えてくれた。相変わらず元気そうだ。世間話もほどほどに彼の家に着いた。そして、そのあとは公園へ。
実は、その前日に「サッカーをしよう!」というメールをもらっていたのだ。こっちはボールを蹴るのが7,8ヶ月ぶりだ。走っているとはいえ大丈夫かしらん。ボールをつく。顔が上がらない。コントロールが衰えている。それにこんなときに限って、トレシューは処分してしまったのでランシューという舐めた格好。砂の多い公園に足がとられて上手くパスのコントロールができない。
そんなひどい状態でもボールを蹴るのは楽しい。最高だ。ひたすら教え子と距離や球筋を変えつつ話しながらボールを蹴った。今はトップ下からボランチへポジションが変わったらしい。裏へのパスやサイドチェンジで有効な蹴り方を教えてあげた。まだ、教えることがあって幸いだ。
そんな感じで1時間も蹴り続けて、一対一。相変わらずの柔らかいボールタッチ。だけどやっぱり癖は抜けていないので、あっさりボールを奪取し抜く。まだまだいけるな。そして徒競走では全然余裕だなと思った(笑)。
休憩入れつつ30分もやるともうバテバテで、お開き。家に戻りシャワーを借りてさっぱりし、夕食。「あんな量のおかず、いつもない」とボソッと教え子がつぶやく。それくらい多かったのだがどれも美味しい。奥さんも交えて近況を報告する。
ご飯を終えて、彼は宿題をしに自室へ。それでしばらくご両親とお話しした。これからのことや、今の子供への悩み。 まだまだ、自分を表現するのは苦手でそこが未だに不満らしい。でも、結局練習・試合でチャレンジしていかないと自分の課題は見えないし、伸びない。Fail firstは本当に大事だと思う。
だけど、いくら言っても中学生は親の言うことは聞きにくいよな。「どうしてもサッカーやりたくなくなっちゃったら僕のところに送ってくれたら面倒みますので」と言っておいた。僕は当時そうやって相談できる大人が親以外いなかったから。
そうやってこれからの抱負も語って、おいとますることにした。そのときに、教え子と写真を、というので撮る。そして、その後彼が引っ越す前に撮った写真をみたら身長がとても伸びていた。まだまだ小さい。けど、ちゃんと成長しているのだと思ったら感慨深かった。
そして、駅まで送っていただく。 また僕もちゃんと成長した姿を見せられるようにまた頑張ろうと気合が入った。 こうやって今でも家族で出迎えてくれ、そして成長した教え子の姿を見せてもらえるのはコーチ冥利に尽きるのその一言。
ボスの一言
インターンを開始して3週目に突入。2つのプロジェクトにアサインされて、片方がメインだ。こっちはボスと僕とでリサーチの方向性を決めている段階で、ひたすら先行研究を調べている。卒論以来、久々にパソコンの前に張り付いているので目がシパシパする。それだけでなく、通勤がラッシュ時にはまると半端でない混み具合なのでいくだけで疲れていた。
ようやく通勤ラッシュを逃れるために朝早く出てオフィス最寄りのカフェで読書をできる余裕が出てきた。 やっぱり日本の電車の正確性は不快感があるから保たれているのだと再認識。あれがどうにかなれば、働く人の効率は絶対上がると思う。と、カフェで一息つきながら思った。
そんな慌ただしいの中、先週某機関へヒアリングをしに行った。話を聞きながら議事録をひたすら取っていたのだけれど、それだけで勉強になった。話のテンポがとても良くて、議事録だけで頭がいっぱいになってしまっていた。今度はちゃんと議論に入らなきゃいる意味ない。
こんな感じで反省を感じていた帰り道、ボスから僕の印象について一言言われた。
「なんか、年上とか年の少し離れた年下に好かれそうだね。あまり自分ができることをひけらかしたり、議論をしていて論破しようとかはしないよね」
2週間での印象はそんな感じだったらしい。ポイント1については、できることがあまりに少ない(笑)という悲しい状況なわけですが...でも自分がこれはできるなというところはきちんと表現しているからそれで十分だと思っている。実際、面接のときなんかになるともっとアピールしないと、という改善点の一つではあるのだけれど。
ディスカッションは好きだからボスとはしょっちゅうしている。もっとしたいくらいその時間は楽しい。「議論」というより話が広がっていくイメージだから、ボスの印象はたしかに、と思った。
これからどこをどう伸ばすかまではまだまだボスと話せない。残りの期間でもっと自分を表して、ボスにアドバイスをもらえる位置までいかないと。がんばらな。
ようやく通勤ラッシュを逃れるために朝早く出てオフィス最寄りのカフェで読書をできる余裕が出てきた。 やっぱり日本の電車の正確性は不快感があるから保たれているのだと再認識。あれがどうにかなれば、働く人の効率は絶対上がると思う。と、カフェで一息つきながら思った。
そんな慌ただしいの中、先週某機関へヒアリングをしに行った。話を聞きながら議事録をひたすら取っていたのだけれど、それだけで勉強になった。話のテンポがとても良くて、議事録だけで頭がいっぱいになってしまっていた。今度はちゃんと議論に入らなきゃいる意味ない。
こんな感じで反省を感じていた帰り道、ボスから僕の印象について一言言われた。
「なんか、年上とか年の少し離れた年下に好かれそうだね。あまり自分ができることをひけらかしたり、議論をしていて論破しようとかはしないよね」
2週間での印象はそんな感じだったらしい。ポイント1については、できることがあまりに少ない(笑)という悲しい状況なわけですが...でも自分がこれはできるなというところはきちんと表現しているからそれで十分だと思っている。実際、面接のときなんかになるともっとアピールしないと、という改善点の一つではあるのだけれど。
ディスカッションは好きだからボスとはしょっちゅうしている。もっとしたいくらいその時間は楽しい。「議論」というより話が広がっていくイメージだから、ボスの印象はたしかに、と思った。
これからどこをどう伸ばすかまではまだまだボスと話せない。残りの期間でもっと自分を表して、ボスにアドバイスをもらえる位置までいかないと。がんばらな。
嬉しい誤算
先日、ようやくというかやっと大事なタスクを終えた。卒業論文の修正作業だ。
本来であれば1月末に提出してすぐにすべきだった作業なのだが2,3,月と4月中旬までそれよりも優先度の高いことに取り組まねばならず4月末まで延びてしまった。
この作業をする理由は協力者に執筆したものをお送りするため。今回僕は質的調査を行っておりインタビュー協力者に対して、成果物を見せることを約束していたのだ。
詳しくは書けないが、結果として学校に提出したものに加筆修正を加えることとなった。これがなかなか大変で1つは執筆してから時間が経っていること、次に論文の主旨が変わってはいけない点にある。
加筆修正は全くたいした量ではないのだけど、内容を読み込んで修正前後で論旨がずれないようにするにはなかなか頭を使うのです。
先生にも卒業後にも関わらずお付き合い頂いて、最後のゴーサインをもらった。ホッとしてお送りした数日後嬉しい返事が来た。それは恒常的に論文を読まれているであろう方からだった。
新しい切り口から論旨を組み立て、そして読み易く被験者の一人として、そうそうと頷きながら考察を読みました。
まずきちんと目を通して下さったことが嬉しくて、それだけでなく被験者の体験を論理的に伝えられたことが嬉しかった。正直、身に余る言葉だ。けれど、論文を読まれている方からこうして言ってもらえる機会はなかなかない。それこそ、毎度のように担当教官にはボコボコされていたし。。
もうあの頃には戻りたくない。笑
時間のないなかで書き上げたもので、結論まではきちんと出せた。だけど、研究室の同期と比べればやっぱり劣る。やっぱり研究はスケジューリングが本当に大事で、提出後はもっと良いのが書けたかもしれないという想いでいっぱいだった。
研究は楽しい。そして少しでも納得感のあるものを届けられたことが嬉しい。別に学会で発表した訳でも雑誌に投稿できた訳でもない。けれど、こうして研究が楽しいものだと思えたその事が、学部の重要な成果になった思う。
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