2014年11月26日水曜日

選択、後悔と正解

2つ選択肢があって、どちらも選ぶことができる。両方とも魅力的だし、それらをすることで自分のためになるかもしれない。


あっちも良い、こっちも良い



あなたは、洋服を買いにいくときに予算が10,000円ある。寒くなったこの時期、お店に行くと、ブーツもいいな、かわいいセーターもあるぞ、いろんな物が目に飛び込んできて悶々とする。セーターは実は一枚もっているけれど、もう一枚あったら便利だな。でも、今履いているブーツはけっこう履いていて今シーズンもつかなあ。


悩む


昔読んだ本でこんなことが書いてあって、なるほど、と感心したことを今でも覚えている。

どちらも魅力的な選択があったときには、どちらを選んでも後悔する。

セーターを買えば、あのブーツこの後なかなか出会えないかも。ブーツを買えばこのシーズンはもつし、実はセーターを買えば良かったのではないか。

買った後に少しうーんとなる。あるよね、あるある。


でもね、最近さっき紹介した本の一文は正解なようで正解でない、と思うようになった。
実はね、後悔しないんですよ、ちゃんと。正解にすればいいんだよね。

セーターを買ったなら、丁寧にブーツを履いてあげて、もう履けなくなったときに「ありがとう」と言える。ブーツを買えば、セーターをちゃんと着回して、友人に「それみっし好きだね」って笑顔で言ってもらえるようどうどう着れば良い。

どちらを悩もうかと考える時間は、ムダではない。考えることはいる。けれど、悩みすぎることはない。その助長な悩み時間はもったいない。

選ぶ

それをする。その選んだ選択を正解にすれば良い。僕は、他の人と違う選択を取っているから不安にもなる。ああ、できなかったらどうしようと思う。だけど、それができたときには必ず自分の人生が変わる確信があるから、だから、やる。
結果が出れば後悔しない。その選択は正解になる。誰にとっての正解?自分にとって正解であれば、それでいい。僕は自分で選びたい。

こんなに青臭いポストも将来みれば、自分が読んだら恥ずかしいなと感じるかもしれない。けれど、ここには僕が「今」考えている、悩んでいることがここ貯められているからそれでいい。将来みたときに、今の自分はあのときの自分から成長したか、選択をできる人生を歩めているか確認できるから。

ああ、あと二ヶ月後が楽しみ。結果をだす。


でも、1つだけ最近後悔したことを。JFAのFacebookで出ていたので書いてしまおう。こないだミッドタウンを歩いていたら元日本代表監督のザックさんが歩いていて、え、ザック?と思って握手してもらおうかと悩んでいたら、彼のツレがいたし焦っていたので諦めてしまった。ただ、ワクワクして日本代表の試合を初めてみれたのが彼の時代だったので、とても後悔した。。涙

2014年11月23日日曜日

金融機関をわかりやすく

先日、たまたま金融機関で働く友人にわかりやすく金融機関のことを聞いてみた。
良く聞くのは以下の5つで、それらの特徴を簡単にメモして残しておきたい。




・商業銀行
これは、僕らのような一般人からお金を預かって、それを企業なんかに融資するところ。
僕らが口座に預けることで銀行にはキャッシュが入り、それを企業に貸して金利で稼ぐと。

・投資銀行
これには大きく3つあるのかと思う。1つはIBD。これは企業が資金が必要なときにその調達をお手伝いする機能。もう1つはマーケットサイド。株や債券を投資家に売ることが仕事。

証券は左から右へ、お金は右から左へ流れる。
企業−[IBD — マーケット]−投資家

みたいな関係になっているのかなと。
最後に、自分の企業の金を使って投資するところ。投資銀行は基本的に手数料のみで稼いでいて、どんどんクライアントを取ってこないといけないビジネスモデル。なので、3つ目の機能は果たしてどれだけ重視されているかどうかはよくわからない。

・Private Equity
これは投資家からお金を集めて企業の株を買い、経営権ごとまるまる取って経営に直接関与しちゃう。それで企業の価値を買った時よりも高め、株を売ることで儲ける仕組み。企業を再生させたりなんかもしますね。通称ハゲタカ。だけど、そんなに悪いことばかりのところではないという印象。

・Venture Capital
投資家からお金を集めてスタートアップに投資をするところ。大金持ちの個人が自己資金だけでやっちゃう場合もある。企業の規模が小さい段階で投資をして、企業が大きくなり、企業価値が高まって儲ける仕組み。スタートアップに必要な人や経営ノウハウなんかも提供して育てる役割もあるのだとか。

・Hedge Fund
これは良く聞くけど、いまいち?ってことが拭えない。だけど、基本は投資家からお金を集めて株や債券などを売買することで儲けると。運用する手数料と儲けが出た時の成功報酬とで儲ける。純粋に投資だけで、PEみたく経営はしない。だけど、インタビューやマクロ経済の観点から企業分析をして投資判断をしていく。もう儲けの額を聞くと天文学すぎてもはや謎。。


それで、付随してアセットマネジメントという言葉を聞く。これには2つ考えるべきポイントがあるらしい。1つはクライアントからお金を預かること。もう1つは、クライアントの意思を反映してお金を運用すること。なので、Hedge FundやPE、またVCなどの広義にAsset Managementに入るのだと思う。商業銀行は僕たちの意思とはまったく関係ないところで融資なんかされているので、クライアントの意思は反映されておらずAsset Managementをしているとは言えない。

たぶん、国がクライアントで年金を運用することになれば、もちろんハイリスク・ハイリターンは望まないのだと思う。なので、それなりのリターンでリスクを抑えてほしいといったような運用のしていくのだと理解している。

というのが、僕なりの金融業界の理解で(保険は抜けているけれど)、なんとなくメモとして残しておきたい。とりあえず、僕は素人なのでこれが絶対正しいとは思わないでほしいということだけ最後に付け加えておきたい。

あと2ヶ月

卒論提出まで2ヶ月をきった。これは卒業まで2ヶ月をきったということに等しい。
とにかく2ヶ月のスケジュールとその進行具合を考えると目をつむりたくなるほど。なぜ自分がこんなことをしてるのか悩む。けど、それが合っていたと証明するために今走っていると信じたい。
先生とのやりとりに頭を悩ませてしまったり、なかなかエッセイが思うよういかずにいたり、上手くいくことの方が少ない。その度に、わざわざ海外から激励の電話をくれたり、できることあれば手伝うよ、と言ってくれる友人に恵まれて
何としてもやりきりたいと奮い立たせてくれる。
毎日論文に向かい頭を悩ませ、英単語が入らない頭にうんざりする。
この1年で対人関係でのストレスや自身の人生に向かうことへの覚悟の無さに何度絶望感を味わったことか。
でも、やっぱり何度でも言葉をくれる友人と並びたい、という思いはとまらない。励まし合う仲間ができたことが一番の財産でこれをとにかく大切にしたい。
悩みのある友人には進んで時間をとりたい。落ち込んでいたら背中を押したい。
誰かの背中を押すことは、その人を前に進ませるだけじゃない。押す方も力を加えるために前に進む。まるで、自身の背中も同時に押されているように。
ゴールに近づけ。一歩でも前へ。

2014年11月19日水曜日

周りのコントロール

先日、フィギュアスケートの羽入選手が事前練習で中国の選手とぶつかって脳しんとうとなったもののプレーを続けたことで議論がでました。

選手生命に繋がるのではないか?

あれほど若いのであれば先のキャリアを考えたら、身の危険を考えたら出場しないことにしたのか?

僕は彼本人では、そんな判断は考えつかないのではと思います。


時を戻して2009年の9月、当時高校3年生だった僕は手術から苦しいリハビリを乗り越えてようやくサッカー部で試合に使ってもらえる様になっているところでした。それもスタメンで。都大会の一週間前の練習試合で事故は起こりました。

味方の選手と衝突し、左膝を負傷。その瞬間には痛みで立てない。だけど、ここで止めたらリハビリも何もかもムダになると思い、プレーを志願。でもあまりの痛みで交代をさせられました。

その後、本番前に「終わった」とかなり落ち込みました。着替え終わって解散をする前、コーチから激励のつもりでしたのだろうけど、背中をバンと叩かれた。意図的に。元気出せ、とのメッセージとともに。その瞬間、イラっとして、キレてしまった。お前、どんだけオレがこの大会にかけてきたと思ってんだ、ふざけんじゃねえ。元気なんかだせるかって。

その日は、あまりにイライラと悲しさとで1人で駅まで帰る。痛いにも関わらず、他のメンバーよりも早く歩く。



羽生選手の話を聞いてそんなことを思いだした。

もちろん僕は超一流のアスリートではないし、将来にまた大会があるという立場ではなかった。だけど、やっぱり選手って目の前のことに必死になるんですよ。どうしても、自分の手から何か落ちそうになるのを全力で落ちないようにする。そういうもんだと思う。

将来どうなるかは、目の前の結果で決まる、そんな気持ちにもなる。だから、羽生選手のスタッフが彼を止めるべきだった。脳の影響。下手したら死。
それを考えると、軽々しく感動した、とは僕は言えなかった。

僕のケースは、翌日病院で靭帯が伸びているだけだった。テーピングをキツく巻けば、何とかなるだろうけど、かなり痛むよ。そうドクターから言われてもやっぱりやってしまう。目の前の試合に、オレは出るんだ。そうなっちゃう。

で、実際でました。試合中はアドレナリンで何とかなるから、試合中は気にならない。だけど、終わったあとは猛烈に痛む。そんなもんですね、はい。

やっぱりね、選手の管理はスタッフが気をつける。ときには止める。選手のそのときの鬼の様に強靭な意志はなかなかとめられるもんじゃない。

2014年11月17日月曜日

自分のメンタルモデル?

自分は何を追い求めて生きているのか。なぜ、リーダーでもないのにあんなにもコミットメントを強くなってしまうのか。

結局、友達やプロジェクトのメンバーに認めてもらいたい、一緒にいたい

そういうことなんだと思う。その思いが強すぎて、別にリーダーでもないのに監督でもないのにあれだけ声を上げるのだと思う。自分はここにいるのだと示すために。

自分の存在意義は何か、前に関わっているプロジェクトで自分の心を貫いたその疑問は、その源泉はけっこう単純だったんじゃないかな。
この人たちといても何か自分のできることなくね?自分いなくてよくね?
僕の反省はそこから逃げてしまったことのような気がする。はっきり言って逃げだったんじゃないか。


最近、朝にこの動画を友人からシェアされて、その当日にお会いした方に「あれみた?」と言われて少し驚く。このかたも見てたのか、と。胸を打つプレゼンですので是非。

この動画の中で、人は足りないからこそ助け合える、という言葉が出てくる。ああ、と思った。僕は周りの何かを助けられたのだろか?その答えがNoだったから、存在意義がないと思ったのかもしれない。

僕は先日も書いた様に基本的にチームでやるのが大好きだ。得意なこと同士で補い合う、さらに大きなものを作る。そういうことが好きなはずなのに、僕は周りに出来たことは何?

「自分は何もできない」

そのコンプレックスに打ち勝つために、その先には、自分の存在意義を示すことを目的に。今の生きる意味はそれな気がしてならない。

2014年11月15日土曜日

お前、トップじゃねえよ

まだ、壁にしがみついているけれどそろそろ枯れた葉もお役御免。
学校に行くと緑の綺麗なキャンパスはとてもすっきりした印象になる。緑から赤や黄色へと変化し魅了してくれた葉は来年の準備へと移っている。
この季節になると、今年ももう終わるのだと直感的に感じる with 寂しさ。

まだ45日くらいあるけれど、この45日で来年の準備をきちんとしないといけないなあ。今年はとことん沈んだ。まだまだ沈むけど、とにかく来年の飛翔に向けていい準備ができてきていると思う。


連日記載している様にとにかく自分探しをしている。とあることをしないといけなくてですね。先日、高校時代のサッカー部の友人と話して、自分が思っていたことを言われてびっくりした。

みっしーは、チームプレーのほうが向いているしリーダーシップはあるけれど、トップではないよね。周りを説得したりとか巻き込むのは上手いのにね。あと、トップのヤツを支えたいって感じがあるよ。

ずーっと感じていたことで、まさにそうなのだ。不思議なポジションなのだ。トップのポジションじゃないのにリーダーシップがある(っていうか発揮しようとする)。何だそれって感じだろう。普通リーダーシップはそのチームのリーダーがもっているんだろうと。

だけど、僕はチーム全員が本気でコミットするチームは素敵だと思うし、互いにできることをやる。助け合うくらいの姿勢だとチームにいながら本当に感動する。

僕自身がトップのポジションが向いていないのはキレちゃうからだと言われて笑ってしまった。リーダーは怒っちゃダメだよ、と指摘をされた。僕が思うに、そのポジションになると肩の力が入りすぎてしまうのだと思う。緊張からなのかわからないけれど。それで空回りし爆発しちゃうのだろう。

それで、リーダーじゃないポジションだと変な力みがないからちゃんと周りを見られる+ちゃんとチームへのコミットメントをしたいという思いが強いので、気付いたらあーだこーだ言っちゃう・やっちゃうのだと思う。

それが結果的にリーダーの人をサポートしてることになるんじゃないかなと。やっぱりその友人に言われたのは、ベンチからあんなに指示出す人いないよ、と。
まあ確かに監督よりしゃべってた気がする。笑


だけど、僕は自分のできないことははっきりと認識しているので、自分の弱みはさらりと認められる。しかし潔すぎる感もするので、何とかもっと自身の弱みを減らしたい。

基本的に僕はチームプレーが好きで、自分のバリュ—は、一番やりたくないけど結局やらないといけないよねえということを捉えられるし、それをやろうと周りを巻き込めることは強みだと思う。そういうことを1人でやるのは大変なので、皆で助け合いながらやろうというスタンスなのだなと思う。

やっぱり僕は1人でやるよりもチームでやるほうがアウトカムは良いものが出せると思うし、しょせん1人で出来ることはそんなに大きくないとどこかで思ってしまっているのかもしれない。だから、周りの強みをどう活かして問題解決に望むのかという発想をしてしまうのだと考えてる。

でも、今は自分の得意(特異?)なことを新たに発見してをぐんぐん伸ばしたい。

2014年11月14日金曜日

ファブリーズの消費増

タバコも値上げになっているし、吸う場所が減ってきていることも手伝って、喫煙者は減少しているかもしれない。
カフェでも完全分煙のところが多いし、そもそも禁煙のお店も多くなってきている様に感じる。でも、たまにカフェで作業をするのだけれど分煙のところがまだまだ多い。


僕は元々タバコを吸わないし、煙がとても苦手だ。ちょっとでも煙いところにいれば、少し胸が詰まる感じがする。また、鼻が効くからかタバコを吸っている人は吸ってから時間が経ってもすぐに分かる。

だからか、(完全ではない)分煙をしている場所に入るとかなり残念な気分になる。
何か染み付いてるんだよなあ。その臭いのついた服をみて、とても思うけれど分煙は意味がない。こんだけ、臭いがついているということは煙が流れている何よりの証拠じゃないのかと。


昔、授業でなぜJTがわざわざ分煙のCMをやっているかという内容だった。これがけっこう面白く、あのCMによってJTはタバコ企業だけど、あたかも環境や健康に配慮しているように人々を思わせると。それによって、タバコを吸うことを受容させる効果があるということだった。企業イメージを操作しているようで参考になる。

嗜好品の1つとしてタバコがある。それを好む人たちにとってはタバコを吸えない場所が増えると、かなり肩身の狭い思いをするのかもしれない。だけど、やっぱり臭いがつくのは嫌いだし、何より受動喫煙のほうが健康に悪影響のだからタチが悪い。


NYなどのメガシティはレストランでは完全禁煙なのでそんなことに全然悩まされなかった。日本でも、そうなってほしいなと切実に思う。やっぱりね、息がつまるんですよね。

そして、この時期は本当にイヤでジャケットやコート、マフラーなど洗濯を頻繁にしないものを身につける。これは帰ってきて毎回洗うものじゃないからさ、放置すると臭いが残る。遅く帰ってきてファブリーズをしないといけない時のめんどくささ。

帰ってファブルの忘れて置いておいてしまったジーパンを、数日後の朝に履くためをシュッシュッしたときのあのやるせない感じが何とも言えない。

ああ無情。

2014年11月12日水曜日

抱えてきたもの

今、とある理由から友人に頼んで生まれてから今までの人生の振返りをしている。
また20数年しか経っていないけれど、とんでもなく時間がかかる。一番古い記憶からはじめた。恥ずかしいこと、嬉しかったこと、辛かったこと。全てのことを話している。

話しながらも聞き手をしてくれている友人が

「その状況のときに、こういう選択肢もあったらどうだった?」
「そのとき、なんでそうしたの?」

とにかく今まで人に言えなかったことが多い。正確には言いたくなかったことばかりだ。思い出したくないと蓋をしていたことも頑張って開ける。



術後の震えるほどの痛み
アイシングをしていた20分
好きが何か理解できない時期
信頼していた友人を失ったこと
周りの考えが理解できず流した涙
保健室でかけられた先生の愛の助言
思考回路を停止させられたSFCの入試
呼んでもパスがこなかったときの悔しさ
英語の文章で初めて心が震えたことの認識



なんでこんなことをしているかというと、自分をあぶり出すため。飾り物をなくしたときにみえる姿が知りたいから。
とにかく自分を掘って掘って。えぐってえぐって。これがとにかく。。

毎日、忙しく生きていると振返れない。誰にでも話せることには価値はあまりない。
話せないことに価値がある。聞くほうも大変だし、面倒をかけているなと申し訳思う。突然のお願いなのにありがたい。まだやっと大学入学前までと思うと恐ろしい。


でも、それを出すと自分から何か重荷が下りたとも感じる。
あなたの抱えているものは何ですか?

2014年11月7日金曜日

いま

先日も書いたけどイヤホンからは第2言語しか聴こえてこない。

娯楽を楽しむ時間はちっともない。だけど、今この瞬間僕にとってはとてつもない充実したときなのは間違いない。バラバラなピースはすべて手元にある。バラバラだったピースが繋がりつつある。
ただ、完成像ははっきりしない。だから、「このピースはどこだろう」と考える時間が長く、時にはおいたピースを置き直すことも必要。時間がかかる。けど、見えかかったその像を掴むことに怖さはない。どんな画なのか、確かめたい。
今まで自分を見つめることから逃げていた。どこかで容姿のいい自分がみたい、違うならみない。そう思っていたのかもしれない。下らないプライドは捨てた。
オレが何者なのか、その謎が前に進むモチベーション。
誰がなんと言おうがやめない。パズルを解き終えるまでずっと。

2014年11月2日日曜日

Life is difficult

Life is a series of problems. Do we want to moan about them or solve them? Do we want to teach our children to solve them?Discipline is the basic set of tools we require to solve life's problems. Without discipline we can solve nothing. With only some discipline we can solve only some problems. With total discipline we can solve all problems. 

      From The Road Less Traveled by Scott Peck





負けるもんか

今はそんな気持ち。まけない。

2014年11月1日土曜日

ねえ

ビニール傘は他の傘とは音が違う。水をはじくとき、より高い音が鳴る。それは雨脚が強まるとともに大きくなっていく。リズムを感じながら傘の頂点を見上げ水が跳ねる様子をみていて心地よかった。けれど、水が垂れていくのをじっと眺めていると、何かがこぼれ落ちるように思えてギュっと痛くなった。


そんなことを思いながら家電を扱うお店に入る。この間気に入っていたイヤホンをなくしてしまったので同じものを買う。耳にぴったりくっついて、音がすぅっと入ってきてなんだか嬉しくなる。聞こえてくるのは音楽じゃなくgengo。

しかし、あとどれだけ聞けば英語を聞き取れる様になるのだろうかと思うと少し憂鬱になる。BBCでJapanというワードが出た瞬間に、日本が出てきたと気を取られ、すぐ内容に追いつくことに必死になる。理解というところにいくのには時間がかかりそうだ。まだ掴めそうで掴めない。

だけど、この4年間で僕の耳はかなり「英語」という言語にずいぶん馴染んできたように思う。

いつの間にか英英辞書でないと落ち着かなくなった

CMと書かれた暖かい飲み物を飲みながら、異なる言語でモノを書きながら友人を待つ。いつものように姿勢よく颯爽と現れた彼は、少し疲れた感じでハロウィンを楽しんで遅かったのかなという予測が頭をよぎる。

そして、いつものように僕が書いた拙い文章を彼が読む。読んでいる間僕は、彼がアレンジした音楽を聴きながら待つ。久々にイヤホンから音楽が流れたことに少し感動すると同時に「こんなこともできる彼は多芸だな」と感心する。

読み終わると同時に開口一番、

この2,3週間でだいぶ上手くなったよ。細かいミスはあるけれどストラクチャーもわかりやすい。正直初めの頃はなんて書きたいのかわからなかったけど。

正直だなあ、と心の中で苦笑いしつつもでも呟いてひとつひとつの言葉遣いを確認しながら、丁寧に指摘をくれてありがたく思う。でもあいかわらず aかなのかtheなのかは苦しむ。まあでも考え方は何となくわかるのであとは慣れなのかしらん。

英語を見てもらった後、このあとは何するの?と聞かれて「勉強だね」と答えないといけない自分は何てつまらないのだろうと思った。別にこのあと互いの共通の友人と会う彼が羨ましい訳ではない。

だけど、何だか毎日英語の勉強と研究で四苦八苦している僕は何かに追われているようで必死に走っているけれど、掴もうとしている何かは待ってくれず常に焦っているようになっている。


だけど、多くの人はあまり気にも留めないであろう雨の音に気付けたよ。小さな小さな日常の変化に違和感を感じられるほどに今日は心の声が聞こえ落ち着いていたように思う。

それも、僕の英語を読みつつ一週間のアップデイトをして笑わせてもらえるような時間があるから、何となく一息つけているのだともう。

毎朝不安にかられるけれど、止まるほどもう弱くはない。解決策を描きだし悩み実行してみる。四年間で一番気持ちが強くなっているはず。

ねえ、いつまでやればいいの、どれだけできたらいいの

心の叫びは尽きない。その度に目の前のことから目を背けたくなる。見なかったことにしたくなる。だけど、そういう思いがでてくるとすぐに「できるようになるまで、止まるな、まだまだいける」というもう1人の自分がいる気がしてならない。

あと少しだよ、あと少し。もうちょっとだから、とね。