2014年12月29日月曜日

一年前の手紙

昨日家に帰ると一通の手紙。その文字は明らかに自分の字で、「なんだこれ?」と驚く。
びりびりと破り中身を開けると、昨年自分が書いた2014年の達成したい目標が書いてありました。
そう、一年間にも記事に書いた2014年の振り返りです。2013年の12/1に僕は、2014年、つまり今年の12/1の自分に向けた手紙を書いていたのです。そう、ワークショップを企画して下さった方が保管してくれていたのです。そして、一年経った先日送ってくれました。


ここでは、以下の2つを目標に掲げていました。

・卒論を医療の分野で書いている
・英語でパーソナルなことを聞いて理解し、話して伝えられる状態に近づいている

両者ともに達成できていると思います。ただ卒論は、春学期にいろいろさまよいました。いきなり、教育に興味あるとか言いだしたり、はちゃめちゃだった訳ですね。今は、、ちゃんとこの分野で苦しんでいるけれど何とかカタチになりそう。なりそうというかするので問題ないですねこれは。

英語についてもかなり達成できてきていると思います。もちろん、ネイティブじゃない自分にとって完璧はないので一生かけて勉強していくことになることは分かっています。けれど、自分の思いを英語で伝えることはできるようになっていると実感できるほどにはなった。この一年で本当にぐんと上がったと思う。

さて、来年2015年の目標はもう立てました。だけど去年みたいにここには書き残しません。わざわざこういう公の場に書き残さなくても、達成できる自信が今はあるから。



ただ、周りのサポートがなければとてもじゃないけれど無理でした。

2013年も残り12月になりました。昨日、あるワークショップにいってリフレクションを行いました。実はこのワークショップは9月に一度目をおこなって、3ヶ月の自分の変化をみるものでした。ここでは、2013年の振返りと同時に2014年の振返り(目標たて)をしました。
前回参加していた時は、大学に入ってから精神的に一番やられていた時期でした。まったく自信が持てなくて、やりたいと思っていたことも満足に出来ない状態。新しいことにチャレンジすることが怖くて何も出来ていなかったのです。

とありますが、まあ一年間ブログを読んで下さった方は分かると思うのですが、去年の辛さなんか比にならないほど今年のほうが辛かった。本当に苦しかった。だけどゴールが見えてきて周りの頑張れの声に押されてここまできました。今年ほど仲間に感謝する年は後にも先にもないのではないか、そう思えるほどです。

もうちょっと、もうちょっと、そうやって声をかけ続けてくれた友人がいたから前に進めました。お前のためなら時間を割く。そういってくれた旧友もいた。僕が致命的なミスをしたときに一緒に解決策を考えよう、そうやって知恵をかしてくれた先輩も。僕のことを信じて、力をくれる仲間に囲まれてここまできた。

この恩は絶対に返す。


さて、皆さんは今年一年の目標が達成できましたか?来年の目標は何ですか?
是非、教えて下さいね。

2014年12月14日日曜日

どうしても行きたかった

金曜からとある事情のため大阪へ。まずは、新大阪についてすぐにエスカレーターに一歩足を出したときに面食らった。列の右にこっちは並ぶんだとすっかり忘れていて、前の人にぶつかりそうになった。
そこから、宿泊場所に足を向ける。地下鉄を出るとすぐに顔に冷たい風が突き刺さる。こちらは本当に寒く、もうちょっとしたら雪が降るかなと思った。寒い冬にはるばる大阪まできて、用事は別に観光などと楽しいものではない。そんな思いから少し今回の滞在は憂鬱だった。

晩ご飯におうどんを食べると、もう疲れてしまい久々にお風呂に入れる時間があったので、お湯をため入る。そしてすぐベッドに入った。この直前に予約した部屋のベッドは1人にはあまりに大きく、何だかむなしい思いに駆られた。
その日はあまりに緊張して夜もあまり寝られない。目は閉じて、携帯は開かないと心に決めてじっと目を閉じる。翌朝、予想以上に疲れはない。用事を済ませるために、朝早くホテルをでる。
昼過ぎに終えると何だか、ホッとして疲れがドッとでてきた。入ったカフェで少しぼーっとした。そして、携帯を開いて大阪にいる友人に食事のお誘いをした。


友人の返事がなかなかこないし、もう疲れ果てたので部屋に戻って寝ようと帰路につく。ホテルに着いた頃に友人から連絡がきて、その日の晩飯を食べることにした。彼は中学のときに共に生徒会のメンバーだったヤツで、実際会ってちゃんと話すのは久々だった。


それでも疲れたので、少し仮眠を取る。起きてもやっぱり体が重かった。
待ち合わせはグリコ。初めて難波という街にきたけれど、池袋と渋谷をミックスしたのに、大阪特有のエネルギーがある場所だった。ただ、歩きタバコをして吸い殻を地面に捨てる光景が当たり前なのに気付き、こっちの人はあまり細かいことは気にしないのかと、友人を待つ間物思いに耽る。

あと、ついてすぐ気付いたけれど、大阪は車が速い。囲碁盤を連想させる街のつくりと、運転のスピードがマンハッタンを思い起こさせる。それにしても、こっちの人はせっかちなのかしらん。

友人とお食事どころへ。久々に会った彼は、立派な社会人として働いていた。大阪の生活にも馴染み、とても楽しそうな印象でホッとした。久々に会った彼は、今まで聞いたことないことを話してくれて、すごく色々考えながらきたんだな、というのが伝わってきた。1人1人にストーリーがある。僕のこれからのことを話したらスゴく応援をしてくれた。

あっという間に時間。長い夜に備えた彼が駅まで送ってくれ、また会いに来ようと誓う。今度は僕がご飯代を支払いたい。疲れとアルコールにやられた僕は、強烈な眠気に襲われながら部屋に着く。ホッとして広いベッドにダイブする。5分くらい考え事をして、シャワーを浴び寝床に戻った。


朝、もう当分この辺には来られないかなと思い京都に行くことを決めた。別にいろいろまわる時間もお金もない。やることはまだ山ほどある。でも、どうしても行っておきたい場所があった。


南禅寺

はじめてここにきたのは小学6年生のとき。それから中学校の修学旅行、大学に合格した後、京都に行く機会に恵まれた時は必ず訪れている。金閣寺や伏見稲荷などではなく、南禅寺。マイナーな場所かもしれない。だけど、小さい頃にここの雰囲気を気に入った僕は、今行かないと当分行けなくなると直感で感じたんだ。


この三門からの風景に魅せられたのだ。南禅寺の入り口とは逆方面、山の見える場所。人があまりいなかったので、重いバックを置き腰を下ろす。真っ直ぐではない木目に指をなぞらえ、ああこれだと懐かしさが蘇ってくる。空気は乾燥し冷たい。深呼吸をするとすうっと風が喉を抜ける。ネックウォーマーに顔を埋める。

この風景をみると何も考えずにすむ。何も考えずぼーっとここからの眺めに目が捕られる。苦しかった2014年ももうすぐ終わる。本当に苦しかった。何をやっても上手くいかない、結果がなかなか出ない、お世話になった人に迷惑をかけ、大切な人とは別々の道を歩むことになった。
どうして上手くいかないのだろう、ずっと悩み続けた一年。

大阪に来る直前、正直限界だったのかもしれない。もう無理だ。そう思った。周りの助けはあって何とか乗り越えて来れてきたけど、自分の中では心身ともに文字通りピークにきていた。
大阪への移動中からかなり憂鬱で、着いてすぐ向かえてきた冷たい風がいっそう負の思いを大きくさせた。


だけど、三門から飛び込んできた光景をみていると、その瞬間瞬間その全ての記憶が無くなっていった「何か」から開放される感覚。何だか不思議な気持ちだった。約15分、静かで清らかな時間だった。

南禅寺に別れを告げ京都駅へ。京都について駅近のスタバで温かいコーヒーを飲む。店員さんは東京の人より気が利くなと優しい気持ちになった。京都ビルのスタバ、店員さんナイスでした。


今年ももうすぐ終わる。卒業も間近。次この大好きな街に、大好きな場所に訪れることはいつになるのだろうか。またあの光景を1人で観に行きたい。そんなに頻繁には訪れることはないけれど、自分の中では思入れのある数少ない場所。あの風景は自分だけのものだと勝手に考えている。

またあの場所に帰って来られる様に、今日は疲れた身体を休めることにする。

2014年12月7日日曜日

もがき

みっしみたいな人は、コンペティティブな世界にいないとダメなんじゃない?
こないだこんなことを友人に言われた。
それができる人とできない人がいて、あなたみたいな人がそういう世界にいるから世界が回るのよ。私はそういう世界にはいられないけど、あなたはいられるでしょ
ゆっくりとコーヒーを片手に友人は諭すように話してきた。何だかその言葉がずっと頭を巡る。
人には与えられた役割がある、それを全うせよ。そんな重い重い言葉だった。
僕は人一倍不器用だから、対人関係に上手くいかないことなどに悩んできたし、それなりに工夫を重ねて勉強も課外活動も今までやってきたと思ってる。
だけど、先日、先生からも「器用だからいろいろできちゃうのよ。本当に不器用な人はそんなにいろいろできないものよ」と。「だけど、1つのことに集中して深く取り組むことがこれから必要ね」、そう付け加える。
そんなことないと思うんですけど
そう一言返してあと頭になかなか入ってこなかった。僕は何か1つのことを決めるのに何か怯えているのか?
だから自分のことはなかなか決められなかったりするのか?
それはわからない。だけど、もっと違う世界に飛び込みたい、その1つによって心も頭もスペースが埋められている。
もっともっと、まだまだ。そんな気持ちが日に日に増している。
待ってろ卒業。

2014年11月26日水曜日

選択、後悔と正解

2つ選択肢があって、どちらも選ぶことができる。両方とも魅力的だし、それらをすることで自分のためになるかもしれない。


あっちも良い、こっちも良い



あなたは、洋服を買いにいくときに予算が10,000円ある。寒くなったこの時期、お店に行くと、ブーツもいいな、かわいいセーターもあるぞ、いろんな物が目に飛び込んできて悶々とする。セーターは実は一枚もっているけれど、もう一枚あったら便利だな。でも、今履いているブーツはけっこう履いていて今シーズンもつかなあ。


悩む


昔読んだ本でこんなことが書いてあって、なるほど、と感心したことを今でも覚えている。

どちらも魅力的な選択があったときには、どちらを選んでも後悔する。

セーターを買えば、あのブーツこの後なかなか出会えないかも。ブーツを買えばこのシーズンはもつし、実はセーターを買えば良かったのではないか。

買った後に少しうーんとなる。あるよね、あるある。


でもね、最近さっき紹介した本の一文は正解なようで正解でない、と思うようになった。
実はね、後悔しないんですよ、ちゃんと。正解にすればいいんだよね。

セーターを買ったなら、丁寧にブーツを履いてあげて、もう履けなくなったときに「ありがとう」と言える。ブーツを買えば、セーターをちゃんと着回して、友人に「それみっし好きだね」って笑顔で言ってもらえるようどうどう着れば良い。

どちらを悩もうかと考える時間は、ムダではない。考えることはいる。けれど、悩みすぎることはない。その助長な悩み時間はもったいない。

選ぶ

それをする。その選んだ選択を正解にすれば良い。僕は、他の人と違う選択を取っているから不安にもなる。ああ、できなかったらどうしようと思う。だけど、それができたときには必ず自分の人生が変わる確信があるから、だから、やる。
結果が出れば後悔しない。その選択は正解になる。誰にとっての正解?自分にとって正解であれば、それでいい。僕は自分で選びたい。

こんなに青臭いポストも将来みれば、自分が読んだら恥ずかしいなと感じるかもしれない。けれど、ここには僕が「今」考えている、悩んでいることがここ貯められているからそれでいい。将来みたときに、今の自分はあのときの自分から成長したか、選択をできる人生を歩めているか確認できるから。

ああ、あと二ヶ月後が楽しみ。結果をだす。


でも、1つだけ最近後悔したことを。JFAのFacebookで出ていたので書いてしまおう。こないだミッドタウンを歩いていたら元日本代表監督のザックさんが歩いていて、え、ザック?と思って握手してもらおうかと悩んでいたら、彼のツレがいたし焦っていたので諦めてしまった。ただ、ワクワクして日本代表の試合を初めてみれたのが彼の時代だったので、とても後悔した。。涙

2014年11月23日日曜日

金融機関をわかりやすく

先日、たまたま金融機関で働く友人にわかりやすく金融機関のことを聞いてみた。
良く聞くのは以下の5つで、それらの特徴を簡単にメモして残しておきたい。




・商業銀行
これは、僕らのような一般人からお金を預かって、それを企業なんかに融資するところ。
僕らが口座に預けることで銀行にはキャッシュが入り、それを企業に貸して金利で稼ぐと。

・投資銀行
これには大きく3つあるのかと思う。1つはIBD。これは企業が資金が必要なときにその調達をお手伝いする機能。もう1つはマーケットサイド。株や債券を投資家に売ることが仕事。

証券は左から右へ、お金は右から左へ流れる。
企業−[IBD — マーケット]−投資家

みたいな関係になっているのかなと。
最後に、自分の企業の金を使って投資するところ。投資銀行は基本的に手数料のみで稼いでいて、どんどんクライアントを取ってこないといけないビジネスモデル。なので、3つ目の機能は果たしてどれだけ重視されているかどうかはよくわからない。

・Private Equity
これは投資家からお金を集めて企業の株を買い、経営権ごとまるまる取って経営に直接関与しちゃう。それで企業の価値を買った時よりも高め、株を売ることで儲ける仕組み。企業を再生させたりなんかもしますね。通称ハゲタカ。だけど、そんなに悪いことばかりのところではないという印象。

・Venture Capital
投資家からお金を集めてスタートアップに投資をするところ。大金持ちの個人が自己資金だけでやっちゃう場合もある。企業の規模が小さい段階で投資をして、企業が大きくなり、企業価値が高まって儲ける仕組み。スタートアップに必要な人や経営ノウハウなんかも提供して育てる役割もあるのだとか。

・Hedge Fund
これは良く聞くけど、いまいち?ってことが拭えない。だけど、基本は投資家からお金を集めて株や債券などを売買することで儲けると。運用する手数料と儲けが出た時の成功報酬とで儲ける。純粋に投資だけで、PEみたく経営はしない。だけど、インタビューやマクロ経済の観点から企業分析をして投資判断をしていく。もう儲けの額を聞くと天文学すぎてもはや謎。。


それで、付随してアセットマネジメントという言葉を聞く。これには2つ考えるべきポイントがあるらしい。1つはクライアントからお金を預かること。もう1つは、クライアントの意思を反映してお金を運用すること。なので、Hedge FundやPE、またVCなどの広義にAsset Managementに入るのだと思う。商業銀行は僕たちの意思とはまったく関係ないところで融資なんかされているので、クライアントの意思は反映されておらずAsset Managementをしているとは言えない。

たぶん、国がクライアントで年金を運用することになれば、もちろんハイリスク・ハイリターンは望まないのだと思う。なので、それなりのリターンでリスクを抑えてほしいといったような運用のしていくのだと理解している。

というのが、僕なりの金融業界の理解で(保険は抜けているけれど)、なんとなくメモとして残しておきたい。とりあえず、僕は素人なのでこれが絶対正しいとは思わないでほしいということだけ最後に付け加えておきたい。

あと2ヶ月

卒論提出まで2ヶ月をきった。これは卒業まで2ヶ月をきったということに等しい。
とにかく2ヶ月のスケジュールとその進行具合を考えると目をつむりたくなるほど。なぜ自分がこんなことをしてるのか悩む。けど、それが合っていたと証明するために今走っていると信じたい。
先生とのやりとりに頭を悩ませてしまったり、なかなかエッセイが思うよういかずにいたり、上手くいくことの方が少ない。その度に、わざわざ海外から激励の電話をくれたり、できることあれば手伝うよ、と言ってくれる友人に恵まれて
何としてもやりきりたいと奮い立たせてくれる。
毎日論文に向かい頭を悩ませ、英単語が入らない頭にうんざりする。
この1年で対人関係でのストレスや自身の人生に向かうことへの覚悟の無さに何度絶望感を味わったことか。
でも、やっぱり何度でも言葉をくれる友人と並びたい、という思いはとまらない。励まし合う仲間ができたことが一番の財産でこれをとにかく大切にしたい。
悩みのある友人には進んで時間をとりたい。落ち込んでいたら背中を押したい。
誰かの背中を押すことは、その人を前に進ませるだけじゃない。押す方も力を加えるために前に進む。まるで、自身の背中も同時に押されているように。
ゴールに近づけ。一歩でも前へ。

2014年11月19日水曜日

周りのコントロール

先日、フィギュアスケートの羽入選手が事前練習で中国の選手とぶつかって脳しんとうとなったもののプレーを続けたことで議論がでました。

選手生命に繋がるのではないか?

あれほど若いのであれば先のキャリアを考えたら、身の危険を考えたら出場しないことにしたのか?

僕は彼本人では、そんな判断は考えつかないのではと思います。


時を戻して2009年の9月、当時高校3年生だった僕は手術から苦しいリハビリを乗り越えてようやくサッカー部で試合に使ってもらえる様になっているところでした。それもスタメンで。都大会の一週間前の練習試合で事故は起こりました。

味方の選手と衝突し、左膝を負傷。その瞬間には痛みで立てない。だけど、ここで止めたらリハビリも何もかもムダになると思い、プレーを志願。でもあまりの痛みで交代をさせられました。

その後、本番前に「終わった」とかなり落ち込みました。着替え終わって解散をする前、コーチから激励のつもりでしたのだろうけど、背中をバンと叩かれた。意図的に。元気出せ、とのメッセージとともに。その瞬間、イラっとして、キレてしまった。お前、どんだけオレがこの大会にかけてきたと思ってんだ、ふざけんじゃねえ。元気なんかだせるかって。

その日は、あまりにイライラと悲しさとで1人で駅まで帰る。痛いにも関わらず、他のメンバーよりも早く歩く。



羽生選手の話を聞いてそんなことを思いだした。

もちろん僕は超一流のアスリートではないし、将来にまた大会があるという立場ではなかった。だけど、やっぱり選手って目の前のことに必死になるんですよ。どうしても、自分の手から何か落ちそうになるのを全力で落ちないようにする。そういうもんだと思う。

将来どうなるかは、目の前の結果で決まる、そんな気持ちにもなる。だから、羽生選手のスタッフが彼を止めるべきだった。脳の影響。下手したら死。
それを考えると、軽々しく感動した、とは僕は言えなかった。

僕のケースは、翌日病院で靭帯が伸びているだけだった。テーピングをキツく巻けば、何とかなるだろうけど、かなり痛むよ。そうドクターから言われてもやっぱりやってしまう。目の前の試合に、オレは出るんだ。そうなっちゃう。

で、実際でました。試合中はアドレナリンで何とかなるから、試合中は気にならない。だけど、終わったあとは猛烈に痛む。そんなもんですね、はい。

やっぱりね、選手の管理はスタッフが気をつける。ときには止める。選手のそのときの鬼の様に強靭な意志はなかなかとめられるもんじゃない。

2014年11月17日月曜日

自分のメンタルモデル?

自分は何を追い求めて生きているのか。なぜ、リーダーでもないのにあんなにもコミットメントを強くなってしまうのか。

結局、友達やプロジェクトのメンバーに認めてもらいたい、一緒にいたい

そういうことなんだと思う。その思いが強すぎて、別にリーダーでもないのに監督でもないのにあれだけ声を上げるのだと思う。自分はここにいるのだと示すために。

自分の存在意義は何か、前に関わっているプロジェクトで自分の心を貫いたその疑問は、その源泉はけっこう単純だったんじゃないかな。
この人たちといても何か自分のできることなくね?自分いなくてよくね?
僕の反省はそこから逃げてしまったことのような気がする。はっきり言って逃げだったんじゃないか。


最近、朝にこの動画を友人からシェアされて、その当日にお会いした方に「あれみた?」と言われて少し驚く。このかたも見てたのか、と。胸を打つプレゼンですので是非。

この動画の中で、人は足りないからこそ助け合える、という言葉が出てくる。ああ、と思った。僕は周りの何かを助けられたのだろか?その答えがNoだったから、存在意義がないと思ったのかもしれない。

僕は先日も書いた様に基本的にチームでやるのが大好きだ。得意なこと同士で補い合う、さらに大きなものを作る。そういうことが好きなはずなのに、僕は周りに出来たことは何?

「自分は何もできない」

そのコンプレックスに打ち勝つために、その先には、自分の存在意義を示すことを目的に。今の生きる意味はそれな気がしてならない。

2014年11月15日土曜日

お前、トップじゃねえよ

まだ、壁にしがみついているけれどそろそろ枯れた葉もお役御免。
学校に行くと緑の綺麗なキャンパスはとてもすっきりした印象になる。緑から赤や黄色へと変化し魅了してくれた葉は来年の準備へと移っている。
この季節になると、今年ももう終わるのだと直感的に感じる with 寂しさ。

まだ45日くらいあるけれど、この45日で来年の準備をきちんとしないといけないなあ。今年はとことん沈んだ。まだまだ沈むけど、とにかく来年の飛翔に向けていい準備ができてきていると思う。


連日記載している様にとにかく自分探しをしている。とあることをしないといけなくてですね。先日、高校時代のサッカー部の友人と話して、自分が思っていたことを言われてびっくりした。

みっしーは、チームプレーのほうが向いているしリーダーシップはあるけれど、トップではないよね。周りを説得したりとか巻き込むのは上手いのにね。あと、トップのヤツを支えたいって感じがあるよ。

ずーっと感じていたことで、まさにそうなのだ。不思議なポジションなのだ。トップのポジションじゃないのにリーダーシップがある(っていうか発揮しようとする)。何だそれって感じだろう。普通リーダーシップはそのチームのリーダーがもっているんだろうと。

だけど、僕はチーム全員が本気でコミットするチームは素敵だと思うし、互いにできることをやる。助け合うくらいの姿勢だとチームにいながら本当に感動する。

僕自身がトップのポジションが向いていないのはキレちゃうからだと言われて笑ってしまった。リーダーは怒っちゃダメだよ、と指摘をされた。僕が思うに、そのポジションになると肩の力が入りすぎてしまうのだと思う。緊張からなのかわからないけれど。それで空回りし爆発しちゃうのだろう。

それで、リーダーじゃないポジションだと変な力みがないからちゃんと周りを見られる+ちゃんとチームへのコミットメントをしたいという思いが強いので、気付いたらあーだこーだ言っちゃう・やっちゃうのだと思う。

それが結果的にリーダーの人をサポートしてることになるんじゃないかなと。やっぱりその友人に言われたのは、ベンチからあんなに指示出す人いないよ、と。
まあ確かに監督よりしゃべってた気がする。笑


だけど、僕は自分のできないことははっきりと認識しているので、自分の弱みはさらりと認められる。しかし潔すぎる感もするので、何とかもっと自身の弱みを減らしたい。

基本的に僕はチームプレーが好きで、自分のバリュ—は、一番やりたくないけど結局やらないといけないよねえということを捉えられるし、それをやろうと周りを巻き込めることは強みだと思う。そういうことを1人でやるのは大変なので、皆で助け合いながらやろうというスタンスなのだなと思う。

やっぱり僕は1人でやるよりもチームでやるほうがアウトカムは良いものが出せると思うし、しょせん1人で出来ることはそんなに大きくないとどこかで思ってしまっているのかもしれない。だから、周りの強みをどう活かして問題解決に望むのかという発想をしてしまうのだと考えてる。

でも、今は自分の得意(特異?)なことを新たに発見してをぐんぐん伸ばしたい。

2014年11月14日金曜日

ファブリーズの消費増

タバコも値上げになっているし、吸う場所が減ってきていることも手伝って、喫煙者は減少しているかもしれない。
カフェでも完全分煙のところが多いし、そもそも禁煙のお店も多くなってきている様に感じる。でも、たまにカフェで作業をするのだけれど分煙のところがまだまだ多い。


僕は元々タバコを吸わないし、煙がとても苦手だ。ちょっとでも煙いところにいれば、少し胸が詰まる感じがする。また、鼻が効くからかタバコを吸っている人は吸ってから時間が経ってもすぐに分かる。

だからか、(完全ではない)分煙をしている場所に入るとかなり残念な気分になる。
何か染み付いてるんだよなあ。その臭いのついた服をみて、とても思うけれど分煙は意味がない。こんだけ、臭いがついているということは煙が流れている何よりの証拠じゃないのかと。


昔、授業でなぜJTがわざわざ分煙のCMをやっているかという内容だった。これがけっこう面白く、あのCMによってJTはタバコ企業だけど、あたかも環境や健康に配慮しているように人々を思わせると。それによって、タバコを吸うことを受容させる効果があるということだった。企業イメージを操作しているようで参考になる。

嗜好品の1つとしてタバコがある。それを好む人たちにとってはタバコを吸えない場所が増えると、かなり肩身の狭い思いをするのかもしれない。だけど、やっぱり臭いがつくのは嫌いだし、何より受動喫煙のほうが健康に悪影響のだからタチが悪い。


NYなどのメガシティはレストランでは完全禁煙なのでそんなことに全然悩まされなかった。日本でも、そうなってほしいなと切実に思う。やっぱりね、息がつまるんですよね。

そして、この時期は本当にイヤでジャケットやコート、マフラーなど洗濯を頻繁にしないものを身につける。これは帰ってきて毎回洗うものじゃないからさ、放置すると臭いが残る。遅く帰ってきてファブリーズをしないといけない時のめんどくささ。

帰ってファブルの忘れて置いておいてしまったジーパンを、数日後の朝に履くためをシュッシュッしたときのあのやるせない感じが何とも言えない。

ああ無情。

2014年11月12日水曜日

抱えてきたもの

今、とある理由から友人に頼んで生まれてから今までの人生の振返りをしている。
また20数年しか経っていないけれど、とんでもなく時間がかかる。一番古い記憶からはじめた。恥ずかしいこと、嬉しかったこと、辛かったこと。全てのことを話している。

話しながらも聞き手をしてくれている友人が

「その状況のときに、こういう選択肢もあったらどうだった?」
「そのとき、なんでそうしたの?」

とにかく今まで人に言えなかったことが多い。正確には言いたくなかったことばかりだ。思い出したくないと蓋をしていたことも頑張って開ける。



術後の震えるほどの痛み
アイシングをしていた20分
好きが何か理解できない時期
信頼していた友人を失ったこと
周りの考えが理解できず流した涙
保健室でかけられた先生の愛の助言
思考回路を停止させられたSFCの入試
呼んでもパスがこなかったときの悔しさ
英語の文章で初めて心が震えたことの認識



なんでこんなことをしているかというと、自分をあぶり出すため。飾り物をなくしたときにみえる姿が知りたいから。
とにかく自分を掘って掘って。えぐってえぐって。これがとにかく。。

毎日、忙しく生きていると振返れない。誰にでも話せることには価値はあまりない。
話せないことに価値がある。聞くほうも大変だし、面倒をかけているなと申し訳思う。突然のお願いなのにありがたい。まだやっと大学入学前までと思うと恐ろしい。


でも、それを出すと自分から何か重荷が下りたとも感じる。
あなたの抱えているものは何ですか?

2014年11月7日金曜日

いま

先日も書いたけどイヤホンからは第2言語しか聴こえてこない。

娯楽を楽しむ時間はちっともない。だけど、今この瞬間僕にとってはとてつもない充実したときなのは間違いない。バラバラなピースはすべて手元にある。バラバラだったピースが繋がりつつある。
ただ、完成像ははっきりしない。だから、「このピースはどこだろう」と考える時間が長く、時にはおいたピースを置き直すことも必要。時間がかかる。けど、見えかかったその像を掴むことに怖さはない。どんな画なのか、確かめたい。
今まで自分を見つめることから逃げていた。どこかで容姿のいい自分がみたい、違うならみない。そう思っていたのかもしれない。下らないプライドは捨てた。
オレが何者なのか、その謎が前に進むモチベーション。
誰がなんと言おうがやめない。パズルを解き終えるまでずっと。

2014年11月2日日曜日

Life is difficult

Life is a series of problems. Do we want to moan about them or solve them? Do we want to teach our children to solve them?Discipline is the basic set of tools we require to solve life's problems. Without discipline we can solve nothing. With only some discipline we can solve only some problems. With total discipline we can solve all problems. 

      From The Road Less Traveled by Scott Peck





負けるもんか

今はそんな気持ち。まけない。

2014年11月1日土曜日

ねえ

ビニール傘は他の傘とは音が違う。水をはじくとき、より高い音が鳴る。それは雨脚が強まるとともに大きくなっていく。リズムを感じながら傘の頂点を見上げ水が跳ねる様子をみていて心地よかった。けれど、水が垂れていくのをじっと眺めていると、何かがこぼれ落ちるように思えてギュっと痛くなった。


そんなことを思いながら家電を扱うお店に入る。この間気に入っていたイヤホンをなくしてしまったので同じものを買う。耳にぴったりくっついて、音がすぅっと入ってきてなんだか嬉しくなる。聞こえてくるのは音楽じゃなくgengo。

しかし、あとどれだけ聞けば英語を聞き取れる様になるのだろうかと思うと少し憂鬱になる。BBCでJapanというワードが出た瞬間に、日本が出てきたと気を取られ、すぐ内容に追いつくことに必死になる。理解というところにいくのには時間がかかりそうだ。まだ掴めそうで掴めない。

だけど、この4年間で僕の耳はかなり「英語」という言語にずいぶん馴染んできたように思う。

いつの間にか英英辞書でないと落ち着かなくなった

CMと書かれた暖かい飲み物を飲みながら、異なる言語でモノを書きながら友人を待つ。いつものように姿勢よく颯爽と現れた彼は、少し疲れた感じでハロウィンを楽しんで遅かったのかなという予測が頭をよぎる。

そして、いつものように僕が書いた拙い文章を彼が読む。読んでいる間僕は、彼がアレンジした音楽を聴きながら待つ。久々にイヤホンから音楽が流れたことに少し感動すると同時に「こんなこともできる彼は多芸だな」と感心する。

読み終わると同時に開口一番、

この2,3週間でだいぶ上手くなったよ。細かいミスはあるけれどストラクチャーもわかりやすい。正直初めの頃はなんて書きたいのかわからなかったけど。

正直だなあ、と心の中で苦笑いしつつもでも呟いてひとつひとつの言葉遣いを確認しながら、丁寧に指摘をくれてありがたく思う。でもあいかわらず aかなのかtheなのかは苦しむ。まあでも考え方は何となくわかるのであとは慣れなのかしらん。

英語を見てもらった後、このあとは何するの?と聞かれて「勉強だね」と答えないといけない自分は何てつまらないのだろうと思った。別にこのあと互いの共通の友人と会う彼が羨ましい訳ではない。

だけど、何だか毎日英語の勉強と研究で四苦八苦している僕は何かに追われているようで必死に走っているけれど、掴もうとしている何かは待ってくれず常に焦っているようになっている。


だけど、多くの人はあまり気にも留めないであろう雨の音に気付けたよ。小さな小さな日常の変化に違和感を感じられるほどに今日は心の声が聞こえ落ち着いていたように思う。

それも、僕の英語を読みつつ一週間のアップデイトをして笑わせてもらえるような時間があるから、何となく一息つけているのだともう。

毎朝不安にかられるけれど、止まるほどもう弱くはない。解決策を描きだし悩み実行してみる。四年間で一番気持ちが強くなっているはず。

ねえ、いつまでやればいいの、どれだけできたらいいの

心の叫びは尽きない。その度に目の前のことから目を背けたくなる。見なかったことにしたくなる。だけど、そういう思いがでてくるとすぐに「できるようになるまで、止まるな、まだまだいける」というもう1人の自分がいる気がしてならない。

あと少しだよ、あと少し。もうちょっとだから、とね。

2014年10月30日木曜日

ぐっばい

とうとう、僕の携帯からとあるアプリが消えました。正確に言うと、消えたのではなく消しました。
そのアプリとは、もはや生活の一部とか化していたこれです。

(https://www.facebook.com/FacebookJapan?brand_redir=1より)

もう携帯でいじらないのかと思うと寂しさもあるが、仕方ない。まあかなり前にツイッターをやめたわけでもソーシャルデトックスをしたということに続きました。FBみてて正直疲れたので少し離れてみることに。

今回はツイッターのときとは違ってアカウントは消さずにPCではアクセスできるようにしています。今まででせっかく繋がってきた方々もいますし、たまには中々会えない友人のアップデイトもみたいので。

ツイッターの記事でも書いたように、ツイッターは海外にいる友人はまったく使っていないし、辞めてもいいやって感じでしたが、FBはそれできないっすね。


あぁ何だかマガジンを受験1ヶ月前から一時れていたときと心境が似ている。やるべきことに集中したいことが実は一番の理由なのです。ストイックにいかないとね。周りを気にしている時間はもったいない。

あっ、ただMessengerは携帯に残しているので今まで通りFBでメッセージもらってもすぐにレスポンスできますので、繋がっている方は是非FBで連絡いただけたら。

ちなみにこのブログは日々のリフレクション用なので、やめないよ。自分の中の感情や思考を整理するのにブログに書くのは大事な時間なので。

それにしても、携帯が軽く感じるな。笑

2014年10月28日火曜日

恥ずかしいけど

先日書いたエッセイ(The Venus Endowed Amazing Encounter in Manhattan)は、実は英語の授業の宿題として提出したもの。そのときのテーマは、Strange experience when you travelled. というもので書いた作品でした。Strangeではないけれど、まぁこれが一番印象深いなと思い選ぶ。

思い出が思い出なのでかなりすらすらと筆が走った。

なんとこれがクラス内の優秀作品として選ばれました!しかし、クラスメート目の前でこんなにクソ恥ずかしい内容のエッセイを朗読しろとのムチャぶりが。穴があったら入りたかった。



おおむね良い評価を頂いて、もう少し改善できるポイントももらう。そうしたら、先生から、授業中に皆からもらったフィードバックを反映して今学期中にリバイズをしてほしい、とのリクエストをもらった。たぶん、来学期以降のサンプルとして使われるので、書き直してほしいのだ思う。

はぁ、こんな恥ずかしいのが顔の分かる人に出すのは気が引けたけれど、まあ良しとしよう。こんなこと人生においてあるかないかだものね。

ちなみに読んでいてクラスメートのウケがよかったのは


"You know what my answer was."


というフレーズでした。

あとは「海外じゃなきゃ最後の別れ方は出来ない」との鋭いコメントも。笑
せっかくここまでおおっぴらな内容を書いたので、せっかくなら先生の歴史に残るものにしたい。

少し寝かして、しっかりリバイズをして提出することにする。もはや枚数制限がなければもっと皆のリクエストを取り入れて大作にできるのだけれど。先生と相談しようかな。
しかし、また来週はまた別のテーマで書かなければ!

それにしても英語でモノ書くの楽しい。


2014年10月27日月曜日

久々のレントゲン

先日、友人と術後はじめてフットサルをしてきた。ぜーんぜん動けなかった訳だが非常に楽しかったので、満足。しかし、動けなさに愕然としたのでやっぱりもう少し運動の時間を取ろうと決意。


しかし、一試合目でさっそく事件が起きた、、、シュートを打とうとした瞬間に立ち足の足首が「ズキっ」ときた。コンクリの上に薄めの芝をのせましたみたいなグラウンドだったので体勢が悪い状態でシュートを打とうとしたんではないけれど、体重がそのまま乗っかったみたい。

やっちゃったなーっと思いながらも、もちろん最後までプレーを続行。帰りも痛いけど普通に歩けてたし家に帰ってからアイシングすればいいやと思ってきたく。


しかし、だんだん痛くなるやん。家にはちゃんと着いたけど痛みは強まる。家着いてみてみると赤く腫れてた。腫れが悪化するといけないので湯船につかるのはパス。そして起きてみると翌朝、「ajsifhabja&'($1"!」みたいな感じでしたw

痛くて足つけるのがやっと。まぁ経験上骨折ではないけど、ヒビとかだとやっかいだなということで一応近所の整形外科へ。うん、僕はたくさん怪我をしているので骨折の痛みは既に染みついている。こんなもんじゃないんだよね。

診察室に入ると先生に「これ痛いかなぁ?」と足首を回される。「あたりめーだろーが!!!」と内心思いつつも、これは通過儀礼だと思って我慢。レントゲン室へ。うぃーんという機械音が何回かしたと思ったらすぐ終わり、ふたたび診察室に入る。

まず、第一声が「けっこうスポーツやってた?」と。なんだ今回の怪我と関係あるのか...?と思っていたら、「これみてごらん」と何枚かの写真を指差していく。


なんか痛む部分とは違う部分に破片みたいなのいくつかあるけど、、、?


フットボールアンクルだねぇ、剥離骨折みたいなもんだよ。


えっ、昨日だけでこんなにならんよな?と思っていたが、かなり負荷をかけて練習などしてきた人はなっちゃうみたい。あとはちゃんとケアをしないとなっちゃうらしい。見ただけでも2,3カ所、骨の小さな破片があった。足の骨と骨が当たってしまって削られたり欠けたりするようです。ボールの蹴り過ぎ、走り過ぎ、方向転換のし過ぎ、ジャンプのし過ぎなどなど考えられそう。まあ、走るのは嫌いだしアジリティなんかも苦手だったので、ボールの蹴り過ぎかなと思う。

今までまったく痛みがなかったので、僕の先述した経験は裏切られるカタチとなりました。まぁ、ひとまず放っておいて問題ないらしいのでホッとした。

あと、痛い部分は捻挫だった。ちゃんとアイシングしてねと言われ、シップを貼ってもらって帰宅する。それにしてもまさかの骨が欠けてたとは衝撃でした

それにしてもフットボールアンクルってカッコいい響き。

2014年10月23日木曜日

The Venus Endowed Amazing Encounter in Manhattan

This is a short essay, but the real story that happened...

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In 2013, I was in Manhattan. The purpose  was just sightseeing after a tough and long commitment to organizing a big event. I was lucky to stay there for free as my friend has been living there! Though according to some of the mass media, Japan was said to be the most expensive city to live in the world, New York City was much more expensive. I was overwhelmed by the prices. My life at Manhattan was not really rich.

One day, I was standing along a harbor near Wall Street wondering if I caught a ferry to see just around the Statue of Liberty. The Hurricane Sandy hit New York last year, and then the recovery from the disaster has not been completed yet. What all the visitors could do was to hop the board and just see the statue from it. Even getting on Ellis Island on which the statue stands was not allowed. I admired the business due to the ticket price: just $25.
At the moment, one Asian lady came and spoke to me. Her Japanese was with a Tohoku accent. She looked as the same age as me. I was surprised with her knowing that I was Japanese since two Japanese flight attendants had spoken to me in English on the flight to Kennedy…

“Are you going to go on board?” She asked and I answered “I’m not sure because we couldn’t visit the Venus.” The Japanese lady said, “Oh, really? I didn’t know that, but I’m going to get into the board.” She left me and went to buy    the ticket. And then, I finally decided to go on the board as well  and spoke to her “Hey, shall we take it together?” With a sweet smile on her face she answered, “Sure.”
Instead of visiting the statue, the Venus gave me a great time. The cruising started and we talked     about ourselves. “Are you studying in this country?” I asked, “Or is it sightseeing?” She said, “No, I am an university student from Japan to study English in California. And because the course finished I wanted to visit here in New York before I go    back to Waseda University!” “Waseda? I am a student at Keio University.” We were surprised at our biography...  And I continuously asked questions “Where do you live in Japan?” She said, “I live near   ◯◯ station.” Actually, her station was next to my station! “Oh my gosh, my station is ××!” You can imagine our distance was coming much closer.
     
When the cruise was coming to the end, we checked our schedule of the day. My plan was to watch a musical at night. On the other hand, she had no plan. “I would like to watch it. Would you mind going together?” You know what my answer was. We had lunch, took a rest at the public library, had early dinner and watched The Phantom of the Opera.
     
Time had passed and our date was about to finish. Since the musical finished around 10pm and her hotel was near Kennedy Airport, she needed to catch the last train there in a hurry. So we ran to the station and it was time to say goodbye. We hugged tightly and said, “It is not Goodbye but See You Again in Japan”.

After I came back to Japan from the amazing city, however, we haven’t contacted each other. I don’t know the reason why we haven’t seen each other again... But, if there should be a reason, it is because we left the Statue of Liberty; the Venus broke the magical spell.

2014年10月19日日曜日

ここが踏ん張りどころ

この一週間くらいは体調も良くないし、やらないといけないことは多くて心が折れそうだった。体調を崩すと本当に心もマイナスになるよね、うんうん。

何でオレこんなことしてんのやろって。あとどれだけやらなあかんことあんねんって。
だけど、こんなんまだまだやろ。今がんばらんでどうすんねん。今がんばって未来が変わる確信があるならやる以外の選択肢なんてあらんやんか。変わる確信があるだけ救いやん。やったれ。

I have no choice. Just do it.

2014年10月17日金曜日

BBCの素晴らしいコンテンツ

BBC Learning Englishという素晴らしいサイトを皆さんはご存知でしょうか?

最近、リニューアルされてさらにパワーアップした感があり感動しています。僕は、6 minutes English を毎週欠かさず聞いている。

(http://www.bbc.co.uk/podcasts/series/6min)

ちなみにリニューアルによりTranscriptがPDFファイルでダウンロードできなくなったので、

おいおい、何でダウンロードできなくしちゃったんだ!不便じゃねーか、頼むからPDFファイルをダウンロードする用に用意してくれー!!

というメッセージをBBCに送っていた(もっと丁寧にお願いしてます)けれど、そのときは「いや、スクリプト部分はWEB上でもみ易くなったと思うからそれで読んで」とか言われて萎えていた。笑

僕の願いを汲み取ってくれたのかどうかはわからないが、2週前からPDFをダウンロードできるようになった。よしよし、いいぞ。これでKindleに取り込めてみやすくなった。


しかし、リニューアルで一番感動したのがPronunciationのページ。発音記号毎に同発音をするのか、動画で解説してくれるという僕にとっては願ってもみなかった素晴らしいコンテンツ。

こんなすごいコンテンツが無料で使えるのであれば、使わない手はなかろう。ということで、6min と Pronunciation は欠かさず利用。そして、今日気付いたのだけれど、6minでおなじみの Finn が Words in the News というコンテンツに動画で出ていて、おもわず「Hi Finn!」と画面に向かって挨拶したのは言うまでもない。笑

NHKの英語教材も良く出来ていると思います(特に Simple Enjoy English は良い息抜きになって読み始めた)が、BBCには敵わないなと思う。コンテンツはもちろんUIの設計もきちんとしている。

いやぁ、English Learner にとっては本当に使えるサイトだと思う。

2014年10月16日木曜日

YES/NOがむずかしい

今週はあまり体調が良くない。先月の頭からけっこう予定が詰まっていたり、プレゼンを控えていたりしたので疲れがたまってしまったのかも。
何だか少し身体がだるい感じがするのでおとなしくすることにする。


そんな中、このあいだ今まで「??」と思っていたことを丁寧に教えてもらった。

YESとNOの使い分けについてです。


友人と英語で話しているときに、

No

と返したら「えっ」と顔をされて

Yesじゃなくて?

みたいな感じで返されたことが何回かあって、僕のほうも「えっ?」となっていたのです。

例えば、

You don't think he will do that, right?

みたいに聞かれたときに、「うん、彼はそれはしないと思うよ」というつもりで

Yes(=うん)

と返す。相手からは、はっ?って顔されます。そういう意図でこちらが反応したい時は

No

と返さないといけないらしかった。それがどういう仕組みになっているのか良く分からないので聞いてみた。そうすると、

Yes, I do think (that he will do that.)
No, I don't think (that he will do that.) 

となっていることらしい。だから、僕が「彼はそんなことしないと思うなぁ」というときは後者の反応になってしかるべきらしい。僕が、Noっていう前提であちらは質問するので、Yesって返すと confused になるということらしいのです。まぁその反応をみる僕もなんでそうなるのか良く分からないので、困っていたのですが。

そんな訳で、ちゃんと忘れないように残しておきます。

Why don't we go out for the dinner?
いこう!→Yes (we go)!
いかなーい→No, (we don't go)...

You don't like kiwi, right?
うん、きらい→No, (I don't like it.)
いや、すきだよ→Yes, (I like it.)

なるほどなぁと思ったのが、NOTに集約されるというケース

It shouldn't matter if I let my husband cook dinner for me once in a while.
そりゃそうよ〜→Of course not!

これは、

Of course it should not matter if you let.....

の not に集約されるらしくて、not がいるらしい。


はぁ、難しい。これのやりとりをしている英語でしている日本人をみたときに(盗み聞きしてごめんなさい)、彼/彼女は帰国子女なんだぁといつも思って尊敬の眼差しを送っていたのです。

そんなことを、今回教えてくれた子に伝えたら笑っていた。ちゃんと使い分けできたら、英語ちゃんと理解できているようにみられるねぇ〜という励ましの言葉をもらって、俄然頑張って使えるようになろうと思った次第。

自分で使わないとすぐに忘れちゃうので英語で話す機会に試してみよう。

2014年10月15日水曜日

10年以上の付き合い

僕はひたすら同じ美容院で髪を切り続けている。小学生の頃からずっと。

当初は、床屋じゃなくて美容院という響きのカッコよさなどに小さな憧れを抱いていた。そんなおませさんが美容院デビューしてから10数年。美容師の方には、自分の成長を見守ってもらってきた感じだ。

ボクが入ると、笑顔で出迎えてくれるのでホッとする。席にはNumber。美容師の方がサッカー好きだというのもあって、Numberを読みつつサッカーの話で盛り上がる。毎日を過ごす上でこの時間が一番楽しみな時間のひとつ。
「この人やだな」と思ったことは一度もない。


今振り替えれば小学生の分際で

ここをもうちょっと切ってほしい

などと調子にのって注文をしていたと思うと穴に入りたくなるが、それがあって今の関係があるのかもと思う。今では、どれくらい切る?と聞かれて、「ばっさり切っちゃいたいです!」とざっくり言っても見事にお好みの長さにしてくれる。

たまに、気分を変えて違う髪型にしたいときもちゃんと意図をくんで切ってくれるのですっかり信用している。
そんなわけでずっとNumberに目を落としていても全然気にならない。



髪を切るとき、何かイベントの前後が多い。

運動会の前
大学に受かったとき
恋人と別れたとき(女性みたい?)

落ち込んでしまったときは、雑誌を読むことに集中させてくれる。何か考え事から離れたいときはサッカーの話をしてくれる。いつも大事な瞬間瞬間を共有しているからこそ、今のところからは変えられない。

今日、一息入れられるタイミングだったので髪を切った。でもいことにお金が足りなかった。
あぁ、ごめんなさい。帰ってから支払いに来てもいいですか?

と聞くと

いいよぉ。長い付き合いだし気にしないよ。

と笑顔で返してくれた。


こんな素敵な関係をあとどれくらい築けるだろうか。

2014年10月10日金曜日

目がいかれそうだ

最近、10時間とは言わないけれどそれに近い時間PC画面を見ている気がする。
PCグラスをかけていてもこれは目がしんどい、疲れがわかる。そして、こういうときに限ってアイマスクをなくすという失態。どうしようもない。。

来週の火曜日までは少しこの様子は変えられないので、もう少しの辛抱。

最近思うのだけれど、今の時代レポートを書くにも海外の友人とSkypeで話す時もスクリーンから逃れられない。この現代、便利にはなったけれど確実に身体に良くない。

いかんせん、スクリーンからでるブルーライトでサーカディアニズムが崩れるので睡眠にも悪影響だ。(夜中にPCは脳が覚醒して睡眠を妨げるので最悪)

だけど、ここ最近帰りが0時前後になって帰ってメシを食ってさらにそこから残りの作業をしているので、確実にリズムがおかしくなっていることが分かる。

あぁ、これはある種ピークの時期だと信じたいけれど、タイプをする時間はこれからさらに増しそうな予感なのでもう諦めるしかない。にしても、学校のプリンターは一人2,500円分までしか印刷を許さない(上限超えると自腹)ので、論文を大量に読み込む4年生を中心にPCで読んじゃう人が多いのではないだろうか。家のプリンタ使ってもいいけど、やっぱりインク代はバカにならない。

そう、アホみたいに読まないといけないこの状況から逃れたい....。先行研究は最後までつきまとうのだろうけれど。いったいいくら印刷代だけでかかることやら。


いかにしてデバイスから距離を置くか、いかにして生活リズムを整えるかは卒業までの課題になりそう。まずは、アイマスクを購入してくることにしよう。

2014年10月8日水曜日

頭が上がらない

※たぶん、この記事だけだと意味とらえられないと思います。近い将来、時が来たらちゃんと書きます。

担当教官に衝撃的な指摘をされて、ぐうの音も出なかった。

今このタイミングで言うかそれって感じだった。だけど、間違いなく言ってることはたしかになぁっと納得させられて。

最後の言われた「どんなでも最後まで面倒みるから」というメッセージで涙が止まらなかった。

今のテーマも苦しみながらも1からやってきたし、ようやく研究の難しさや楽しさが分かってきたのでおしい。だけど、確実に one of them。埋もれる。

大学の集大成となるのか、それをもとに世界と渡り合えるのか疑問だ。楽しさもでたけどタスク化したことは否めなかった。
一晩考えを寝かすことにしよう。

2014年10月5日日曜日

こないだの続き

先日ポストしたウソをつかないのは難しいの続き。
あの動画を見てすぐに先輩に連絡をして久々に電話をした。懐かしい声だった。
改めて、海外に行く選択をした経緯やドイツでの生活、何より環境のことを話させてもらった。
ドイツの田舎町で良い雰囲気で生活をしている様子。向こうでは24時間サッカー漬けの毎日を過ごしていて、充実していることが伝わってきた。何とあちらは7部くらいからでもちゃんとクラブチームを持っていたりと、サッカーをする環境はすごいしっかりしていることに驚いた。サッカー人口は日本の6倍だそう。本当に立派なプロ選手なんだなぁと。


ケガなくプレーをできていると聞いて同じように嬉しく思った。ボクもケガの多いサッカー人生だったので、ケガでプレーできない辛さは痛いほどよくわかるから。特に一緒にリハビリをしていたこともあるので、本人のことのようにホッとした。
身体の動かし方、筋肉の使い方によって大分変わったみたいだ。

ドイツと日本との大きな違いは、皆ガチでやってること。しかも初めのころは体格差にも慣れず、毎日のようにモモカンをくらっていたようだ。ケガには気をつけて。
ドイツ語もだんだん軽い冗談も言えるようになってきたと言っていた。溶け込んでいる様子が伝わってくる。
そんな先輩、ブログで現地の様子を伝えているので、応援して下さると嬉しいです!

将来のことを聞かれ、卒業後のプランことを話した。


オレが言うのもあれだけど、今いいポジションにいるな。いい感じ。
自分も同じような大学を出たからわかるけど、自分が幸せでいられるかどうか。自分にウソをつかずにいれる人がどれだけ少ないか。
自分が心から好きなことをやっていれば、努力は苦じゃない。大変かもしんないけど辛くも何ともないよ。
その選択は良い選択だと思う。


最後の一言を言われて、背中を押してもらった。正直、他の人とは違う道を歩み始めることに恐怖もある。けれど、後悔はしてなくて、むしろ不安よりわくわくの方が大きい。
それで良いんだと。やることをしっかりやっていれば大丈夫だぞと。

Follow your heart. Go ahead till you get what you want to do and don't miss it.

世の中広い。いろんな人がいる。自分のやりたいことは何か、旅のようだけれどキチンと探せばちゃんと見つかるし掴めるのだと、背中で教えてくれた。彼に良いニュースを届けたいし聞きたい。

2014年10月4日土曜日

全快!

ちょうど2ヶ月前に受けた手術の術後診察を受けてきた。(前に手術からの回復で書いた件です)

診察の結果から言うと、「何してもいいよ!」

ジョギングも
お酒も
銭湯・サウナも

まぁフライングで診察受ける前に全てやっていましたが。。笑

だけど、やっと腹筋やサッカーなど制限が外れてとっても嬉しい。もちろん、違和感が出たりしたら中止しないといけない。

これから先、赤くなる、腫れる、再発っぽくでてくる、こんなことがあればまた病院に行かないといけない。けれど、基本的にはもう通院しなくてもよくなった。

まだ傷口の部分は触ると硬く、まだ身体の中では完全ではない。これは半年近くかかるから仕方がない。

診断されたときは精神状態もひどかったので、不安だったし術後も痛かった。

嬉しい。今日からまた明るく元気に過ごせることに感謝!

Have a great day :)

2014年10月3日金曜日

名波さんの次の道

名波浩。元サッカー日本代表10番、レフティ。ジュビロの黄金期を支えた司令塔。
僕は物心ついたときから中村俊輔のファンだったので、もう一世代上の方だけれどもアジアカップのゴールは今でも鮮明に覚えている。


僕はほとんど初回の頃からやべっちFCを今もずっと毎週観ている。彼が解説者として番組に加わったのは2009年からだったと思う。堀池さんの「ここが巧」がなくなるのは寂しかったけれど、彼はすぐになじんだなぁ。時たまやるフットサル対決でもやっぱり上手いなと思うことが多々あったし、何より解説がわかりやすかった。

テレ朝での日本代表戦も忘れられない。自分の居場所をすぐに確保し、松木さん、セルジオおじさんの代わりに常に冷静な視点で実況をしていた。たんたんと、わかりやすく。でも熱く。間違いなく、テレ朝の実況を心配する人は大勢いると思う。それくらい、安定を保つ存在だった。

それに彼が行うヤベッチ内でのインタビューはとても好きだった。特に内田から「長谷部さんを助けたい」という言葉を引き出すなど、貴重な仕事をされていた。

そんな彼が、ジュビロの監督へ。何となくなるのかな、というのはやべっちFCを観ているときから何となく感じていたけれど、とても難しいタイミングで就任した。J1自動昇格が出来るかどうかが、かつて黄金期を支えた名波さんの手腕にゆだねられた。
見事、監督初戦は勝利。いい発信だ。

先日の日曜に、名波さんのやべっち最後の出演だった。

サッカーしかない人生。アマチュアからプロにかけての選手時代。解説者、クリニックの第二の人生。そして、指導者としての第三の人生。....日本サッカーをさらに盛り上げられるように頑張りたい。

誰もが期待しています。また、強い磐田を、美しいサッカーを見せて下さい。

やべっちとテレ朝の解説は、ゴンさんがきっちりやってくれるよね。こぼれ球はきちんと決める男だから。

2014年10月2日木曜日

ウソをつかないのは難しい

高校のときにお世話になった先輩がドイツの公共放送?でインタビューを英語で応える様子が入ってきた。
http://www.ndr.de/fernsehen/sendungen/nordmagazin/MSV-Pampow-verpflichtet-Spieler-aus-Japan,nordmagazin25686.html

今はドイツの6部のチームに所属している。1部のブンデスリーガじゃないけれど、それでもプロだ。お金をもらってる。

当時からチームのエースで頼れる点取り屋だった。一緒の思い出はともにリハビリをしたときのこと。いろいろ身体のことも勉強していたし、リハビリ方法なんかもよく教えてもらっていた。そして、空き時間なんかには良くサッカーの戦術の話をして盛り上がった。
この人のすごいところは勉強もめちゃめちゃできたこと。大学も国内の有名な大学に進学されて、そこのサッカー部へ。たしか、その地区の得点王にも輝いていたと思う。


ちょうど、2年前の今の時期に久しぶりに電話で話した。進路をどうするのか尋ねる。

先輩、就職するんですか?それとも進学ですか
いや、サッカーで食ってくんだ

たしかこんなやりとりだった気がする。うわ、マジかと思った。
そのときに、この人かっこいいと心から感じた。スポーツの世界は厳しい。先輩みたいにポジションがFWだと尚更大変だ。「点を取ること」すべてはそれだ。いくらいいパスをだそうが得点のチャンスを作ろうが、1点を自分が取るかで評価はまったく変わる。

だから先輩のチャレンジがどれほどすごいことか容易にわかる。彼の頭の良さと人柄の良さなら就職だって絶対できただろうに。

ウソをつかなかったんだ


お世辞にも上手いとは言えないけれど、英語でインタビューに応える。だけど、そんなの関係ないんだと思う。世界の共通語は、EnglishではなくBroken Englishだから。それに、彼はサッカーという共通言語をもっているから。


近い将来ブンデスリーガでプレーしたい


インタビューの最後にそう応えていた。彼もサッカー界ならもう若くない。だけど、それでもまだまだ夢を追いかける姿は最高にかっこいい。本当に実現させてほしい。

先日、大企業で頑張るサッカー部の同期たちと話した。皆、「先輩、すごいよな。かっこいい」と。ブンデスリーガでなくたって、立派にお金をもらってしかも外国の慣れない地で生き残りをかけて戦っている人がいる。

何が幸せなんだろう。自分にウソをつかずに生きることはどんなに難しいことなのか。いつの間にか、「ゲンジツ」に取り憑かれ自分を見失っていないか、どこかで諦めていないか、自分のやりたいと周りに言うことは本当にやりたいことなのか。

いや、もしかしたら自分の好きなことを守り続けることがどれだけ困難なことか想像ができるからかもしれない。有名な企業に入ることよりもずっとずっと。

なりたい自分は誰か。


サッカー部の戦友の反応と、自分の今までを振返って、強く強く思った。

2014年9月27日土曜日

新聞を読む

8月のある日から新聞を毎日読むようになった。

しん‐ぶん【新聞】
社会の出来事の報道や論評を、広い読者を対象に伝達するための定期刊行物。日刊が多いが、週刊•旬刊•月刊などもある。
「新聞紙(しんぶんがみ•しんぶんし)」の略。「―で包む」
新しく聞いた話。新しい話題。ニュース。
「当時流行の訳書を読み世間に奔走して内外の―を聞き」福沢学問のすゝめ

大辞泉より

読むようになったきっかけは、社会は変わっていないようで毎日のように急激に変化していると新聞をざっと眺めたときに感じたからだ。いつの間にか、スコットランドが独立するしないとなり、ソニーは無配当を決めるなど、時間は決して止まらず絶えず変化するのだとゾッとした。当時の自分は、自分のことだけに矢印が向いていて時間が1人止まったような気がしていた。だけど、新聞を開いたときに「このままではダメだ、社会に追いていかれる」という恐怖感が芽生えた。動き出さないと、と思った。

読み始めた理由は、社会の変化を刺激に自分を前に進めるため。前に進まなければ自分は変わらない。そう思ってから新聞を読むのは苦じゃなくなった。

もちろん、一字一句全てに目を通す訳じゃない。自分の関心のあるもの、新しくニュースになったものを中心に読んでいる。だけれど、毎日コツコツ続けるだけで格段に情報量が増える。インプットがあればアウトプットがでる。考えも湧く。

新聞を読み始めてから一気にエンジンがかかった。

小さい頃、特に夏休みなんてあっという間に時間が過ぎたように感じられていた。もちろん、サッカーしかしてなかった自分にとっては毎日楽しい時間「でしか」なかったわけで。
新聞を読む前、一日一日が長く早く過ぎ去ってくれと思っていた。こんな辛い日々早く終わってしまえと。だけど、そういうときは何もしていないから、手をつけないといけない事象に手遅れになりがちて、矛盾するようだけれど「うわ」もう終わったみたいに感じたときもある。

社会は止まらない。毎日あれだけ記事にすることがあるんだ。自分も止まっちゃ行けないんだ。そう思ったら毎日が充実しだした。確かに忙しくはあるけれど、前のような気持ちじゃない。楽しい。ワクワクするんだ。

できない・分からないことはことは、恥を忍んで「できない」「わからない」と正直に打ち明ける様になった。そして、こんなのもできないんですけど、できるようになりたいので助言を下さいと同級生にも言う。余計なプライドは捨て、ささっとできないことやわからないことは放置せずにすぐにとっかかる。進め、進め。

新聞の流れに負けず、むしろ流れを創れるような人になりたい。

2014年9月24日水曜日

教え上手

昨日、友人にライティングの問題を見てもらった。

あぁ、こういえばいいのかぁ
自然な文章になってきたぞぉ

という感覚で。添削してもらってとても感動した。また、自分が何かが足りない・おかしいと思ったことは全部指摘してくれた。そうこうするうちに、何か普段読んでいるような「英語」に近づいていく感じだった。

みるみるうちにキレイに、ピカピカになった。

ここはどういうことが言いたいの?って分からないことは分からないときちんと伝えてくれるので、こう書きたかったんだけどっていうと汲み取ってくれる。

そして、たまに出る「ここはいい文章!」という誉め言葉がやる気を上げる。笑
生徒のモチベーションを上げるのはとても難しいものですよね。

赤でいっぱいになったけど、自分の進歩も感じて。ネイティブにとっては不自然な表現が、全てではないけど自分もちょっと違うと思う部分がけっこうあった。それって僕が今まである程度ちゃんとした英語に触れてきたことも示しているのかなと思う。

イヤな顔せず、赤ペンを入れてくれた友人に感謝!

2014年9月18日木曜日

Japanese ランクインならず

CNNをみていたら、面白い記事が出てきた。UKはスコットランドの独立問題があるし、アメリカは中東との問題があったりSeriousな話題が多い中でユニークな記事。

Are these the world's sexiest accent?

もっともセクシーなアクセントは何かというもの。選ばれた13は以下の通り(詳しくは記事を参照して下さい)

  1. Argentine
  2. Thai
  3. Trinidadian
  4. Brazilian Portuguese
  5. U.S Southern 
  6. Scottish
  7. Irish
  8. Nigerian
  9. Queen's English
  10. Czech
  11. Spanish
  12. French
  13. Italian
ラテン語のフランス語、イタリア語あたりがランクインしているのは理解できる。けど、Scottish とか Queen's とか絶対セクシーじゃないと思うのは僕だけでしょうか。あんなにカクカクしてるのに、セクシーな要素はどこにもないのでは。。



日本語はたぶん、標準語じゃなくて関西弁になったら確実にランクインすると思うんだけどなぁ。CNNさんもScottishとかIrishを入れるなら関西弁も是非考慮してくれたら良かったのに。


この動画観てて笑ってしまった。笑

繋がり

はじめて、こんな思いを覚えたのは20歳のときに初めて行ったアメリカから帰ってくるときだと思う。

繋がる人とは繋がっている。どこに行っても、いつになっても。

このとき、なぜだろう。Twitterからはじまった縁でいきなりの訪問を許してくれた懐の深さに感激したからか、帰りの晩涙しながら熱く語ったからか。たぶん、その両方だと思う。そのときに初めて、この人とは住む国も違うけれどこれからも繋がっている気がする。また会うな、と思った。そういう人とは今でも年に会うのは何回かだ。それにあったときに一緒にいる時間は長くない。それでもまた会いたいと思う縁。


僕は、それ以降「この人とは繋がっているな」と感じた人は、その出会いから別れまでの期間の長短は関係なく今も仲良くさせてもらっている。この人とは刺激がもらえるな、自分の素をありのまま受け入れてくれるな、そんなことを感じた人とは何より自分がやりとりをしたい。



近くにいるけれど色んな意味で今は会えないっていうこともある。だけど大切な存在でまたいつか会えたらなって。
最近、今まで理解できなかった複雑な気持ちが少しだけわかるようになった。例えば、お互いのためを思っての別れという、離婚する人たちがたまに使う表現。なんだそれ、ただ上手くいかなかっただけでしょって思ってた。だけど今なら何となくわかる。ちゃんと愛しあってるのに、それでも一緒にいたら前には進めない、だから別の道を歩む決断をするっていう感覚が。別れたら寂しさがあるけれど、少しだけ心にゆとりができたような不思議な感覚。こういうことって2人にしか理解しきれないもので、周りからは理解がしにくいのだと思う。しかし、そういうことは確かにあるんだって思った。

話がそれた。


出会いと別れは人を強くしそしてより心を豊かにしてくれる。できた縁はどれだけその繋がりを大切にしたいか、その思いに全てよると思う。「またいつか会いたい」、それだけに集約されると思う。そう心に留めておけば出会ったときは笑顔になれる。

またいつか出会うときを楽しみにしておく、シンプルなんじゃないかな。